2020/10/3
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ワラーチのお話(今田) |
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巷で噂の「ワラーチ」。トレイルはもちろん、街中でもよく見かけるようになった。トレーニング効果があり、大会でもワラーチで走る人が増えてきている。
■ワラーチとは メキシコの先住民、タラウマラ族(ララムリ)が履いている「ワラチェ」というサンダルを参考につくられたものの総称だ。このワラーチ、廃棄されたタイヤを底にして、革紐を通し、足に巻いただけのシンプルなサンダルだが、タラウマラ族はこれを履いて160km以上の長距離を走るという。日本では「BORN TO RUN(クリストファー・マクドゥ-ガル著、近藤隆文訳)」で紹介され、ワラーチを履いたララムリ達がアメリカ各地の100マイルレースで圧倒的な速さで勝利している様子が描かれている。最初に見たときは、サンダルのようなワラーチを履いて走る姿に違和感を覚えていたが、今ではすっかりワラーチにはまり、トレイルもロードもこれで走っている。 最初の一足は自作がおすすめだ。愛着がわくし、普段履きとしても個性的でかっこいい。実際にワラーチで走るまでは、痛そうだし、機能的でない印象で、ワラーチで走る意味を理解できなかった。自然志向の人が好むランニングスタイルだと一歩引いて見ていたところがあり、あまり興味を持てなかった。ところが一度ワラーチで走ってみると、180度考えが変わった。その理由は、意外にも機能的で理にかなっているからだ。 全身を使って走れる印象で、シューズを履いて走るときには感じたことのない感覚で一杯になる。走ることにおいて不便は感じないし、高性能のシューズを履いているかのように快適で、とても走りやすい。 足の作りは非常に複雑で、26の骨、33の関節、108の靭帯でつくられている。レオナルド・ダ・ヴィンチが「足は人間工学上の傑作であり、最高の芸術作品である」と表現しているとおり、非常に緻密で高い機能性を持っている。 われわれの祖先はとても長い間、裸足で野をかけ、獲物を追いかける狩猟生活を長く続けてきた。いわば裸足ランのエキスパートだ。私たちも遺伝子レベルで、裸足での走り方を記憶しているのだと思う。靴を履いて走るよりも、裸足の方が高いパフォーマンスを出せるのは必然的なのかもしれない。 私がワラーチで走る理由は、単純に、足の持つ機能を最大限に引き出せる感じが好きだからだ。「原始的」という言葉がぴったりなランニング、それがワラーチである。すべてのランナーにぜひ、おすすめしたい。
■ワラーチの走り方 いきなりアスファルトの舗装路を走ると最初はやはり痛い。河川敷や、公園の柔らかく、フラットな土の上で2、3㎞くらいの短い距離からはじめるといいだろう。ワラーチで走るために特別なトレーニングは必要がない。裸足での走り方は体が覚えていて、体が勝手に動き、意外とうまく走れる。自分の体が最高の裸足ランのコーチなのだ。自分の体と対話をしながら走れるところも面白い。 足の裏には超優秀なセンサーがあり、着地した瞬間に路面状況を判断し、痛くないように足裏全体を使って着地体勢を補正している。力んでいると足は痛いが、脱力して足裏を使えばスムーズに走れる機能に気づかされる。そのため、3、4回も走れば、舗装路を走っても痛くない走り方ができるようになる。足に痛みを感じなくなった頃には、無意識的に体は脱力し、走り方が変わってくる。そうなると人間本来の走り方を、体が思い出したといえよう。
■自作ワラーチ
ワラーチはビブラムソールとパラコードがあれば、かんたんに自作ができる。私が使用しているのは、厚さ5㎜~10mmの「ビブラムシート」。パラコードは好みの太さ、色を選ぶ。どちらもネットで安く手に入るので、一度つくってみよう。初めのうちは足裏の皮膚が柔らかく、裸足だと靴ずれのトラブルが起きやすいので、五本指ソックスを履くのがおすすめだ。
■ワラーチにすると何が良いか 私の経験では、何と言っても着地がやわらかくなる点だ。ランニングにおいて何万回も衝撃が加わる着地は柔らかいに越したことはない。シューズを履いていると着地の衝撃をミッドソールが吸収してくれるが、ワラーチランでは衝撃がダイレクトに足に伝わるので、自然と足首、ヒザ、腰と全身を柔軟に使ってショックを吸収する走り方になる。最初はおそるおそる母指球での着地となり、うまく衝撃を吸収できないが、走り込むうちに五本の足指の緩衝能力の高さに気付くはずだ。足の指は、開くと衝撃を吸収する構造となっており、シューズの時よりも高いパフォーマンスを発揮するのだ。猫のようにしなやかな着地となり、自分でも驚いたほどだ。 そのため、走り終わったあとの体へのダメージも少ない。シューズを履いて走った時は、いつも肩、腰にハリを感じていた。ふくらはぎや大腿筋、股関節、膝に強い疲労感を感じるのだが、ワラーチの時には、ほとんど張りはないし、疲労感も少ない。体へのダメージが少なくなるため、ケガも減る。ランナー膝や足底筋膜炎等、走ることで起こりやすいトラブルとも無縁になる。 足の指が開き、衝撃を吸収しやすくなると、下りで足の指を使えるようになり、意外にもグリップ力を生み、スムーズな着地となる。 また、ワラーチでかかとから着地するとかなり痛い。強制的にフォアフットとなるので、日本人に多いヒールストライクの癖がすぐに矯正できるのも良いところだ。
■走りへの影響 よく聞かれるのは、走り方にどのような影響があるのかという部分だ。ワラーチランを始めて、私自身が体感したことは、圧倒的に登りが強くなることだ。個人差はあるだろうが、これは走り込むほどに体感でき、どんどんと強くなる。シューズで走っている時は、登りになるとすぐに歩いてしまっていたが、今ではゆっくりだが登りで走り続けることができる。ランナーにとって、登りが強くなることは願ってもないことだ。理由としては、フォアフットにより腓腹筋が鍛えられ筋力がアップした、ということもあるだろうが、足全体の瞬発力の飛躍的な向上の方が大きい。 足の指が使えるようになり強い瞬発力を生む。足のアーチや足首もが連動して骨までしなっているような感覚だ。強い反発力を利用できるようになり、結果、登りで筋力をあまり使わなくなる。足が疲れにくくなる。 シューズを履いているときには、足の指が締め付けられることで自由に動かせず、機能はかなり低下している。ワラーチのときの指先は各指それぞれ独立した動きができ、路面の状況に柔軟に対応ができる。下りのシーンでは、無意識だが、着地のたびに地面をつかみ、路面へのグリップ性能も発揮してくれる。抜群の足裏感があってからこそ成せる技である。 もう一点は、バランス感覚が向上し、悪路でもしなやかな走りとなる点だ。 裸足に近い状態となるワラーチは、シューズのときと比べて、路面の凸凹情報を足裏から脳へ伝達しやすくなる。そのため、体が俊敏に反応できてバランスがとりやすい。 足の指も自由に動かせるようになるので、体全体のバランス能力が驚異的に上がるのを実感できる。なにしろ体が軽いのだ。足はワラーチを履くことで本来の機能を取り戻し、バランス感覚も高めることができる。 現代では、高機能のシューズに頼るあまり、足の本来持っている緩衝機能が退化しているように感じる。その機能を取り戻すには裸足で走るワラーチランが適している。 ワラーチである程度走りこめば、自分の体が想像以上のポテンシャルを持つことに気づかされるはずだ。太古の記憶をさかのぼり、本来の走りに目覚める。「BORN TO RUN」でカバーヨ・ブランコは、「楽に、軽く、スムースに、速く、と考えるんだ。まずは“楽に”から。それだけ身につければ、まあ何とかなる。つぎに、“軽く”に取り組む。軽々と走れるように、丘の高さとか、目的地の遠さとかは気にしないことだ。それをしばらく練習して、練習していることを忘れるくらいになったら、今度は“スムース“だ。最後の項目については心配しなくていい。その3つがそろえば、きっと速くなる。」と述べている。私はこの考えが大好きで、ランニング中に苦労していることに気付いたときはいつでも、このシンプルなマントラに戻る。簡単に、軽く、スムーズに。読者の皆さんも、シューズを脱ぎ、ワラーチで走りだしてみてはいかがだろうか。
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